2010年12月26日日曜日

年末の慌しい・・・・

この時期に、
コーヒー豆の倉庫在庫が非常に流動的で、
良い豆を一年通して使うことが難しくなりつつあります。

COEなどの国際品評会で入賞した豆も、
高騰を続けるコーヒー豆の国際市場価格に連動してか、
年々競り合いが厳しくなってきています。

いづれにしても、
世界的にみると、品質の良い豆ほど、
取り合いが激しくなってきており、
長く安定的に良い豆を使用するのが難しくなってきました。

こんなこともあって、
当店の店頭に並ぶコーヒー豆の銘柄は、
ちょくっちょく変わるかも知れませんが、
その時、その時、できるだけ良いものを選んで、
皆さんに、できるだけおいしいコーヒーを提供していきたいと
思う今日この頃です。

           

2010年12月25日土曜日

パプアニューギニア 販売中断です!

先にお話した


 パプアニューギニア・ブヌンウー農園の豆
 国内倉庫在庫が完全になくなりましたので、
 この豆のニュークロップが入港してくる来年の秋頃まで、
 販売を一時中断することにしました。


なお、店内在庫の豆で下記ブレンドを作りますので、
当面、ブレンドの販売は行います。

<パプアニューギニアの豆を使用するブレンド>
  ナチュレ・ブラジリーニョ
   シャイニング・スター
   スウィートネス・マヤ

2010年12月24日金曜日

ハッピーホリデー

先に書いたように、
コーヒー業界は、現在の不況に加え、
大変な時代を迎えている。


しかし・・・
現実に目を向ければ・・・
年末で慌しいけど、クリスマス、年末・・・とホリデー気分!?
なので、
  Happy Holiday!!
ですね。


ボクには大切な家族がいるし、
好きなこと・・・
やりたいこと・・・
興味のあること・・・
そう、やるべきことも・・・
いっぱいある。

なんかそう考えただけでも、
ワクワクしてくる!

傍らに
    美味しいコーヒー
 と、
    大切な家族
がありさえすれば・・・・・・
 Happy! Happy!

でいきたいもんだ!

2010年12月23日木曜日

コーヒー業界に・・・何が!?

前回投稿の
 パプアニューギニア  の こたえ・・・(になっているか?)


世界的な金融緩和により、
コーヒー業界は、ますます大変な時代に突入している。

当店が開店した2005年から、
ず~~と、 コーヒー豆の国際市場価格は高騰を続けている。
さらに、先の金融緩和により、
市場にあふれた資金が貴金属などの商品市場に大量流入。
コーヒー豆の相場も13年ぶりの高値となっている。
  コーヒー生豆の国際市場価格は 2002年以降上昇が続いている。


BRICs諸国などの新興国で需要が拡大しているのに加え、
コーヒー豆の在庫減少を見込んで
ニューヨーク市場に追加金融緩和でダブついた投資資金が
流入したためと考えられている。
 * ブラジル(B)、ロシア(R)、インド( I )、中国 (C)


相場の急騰を受けて、
コーヒー豆の輸入価格の高騰はもう既に始まっている。

為替相場が円高で、安く輸入できることを考慮しても、
輸入価格は50%近く上昇していると言われている。


 あ~~ (ため息)!!

                     

2010年12月20日月曜日

パプアニューギニア

開店当時から、
気に入って販売してきました
 パプアニューギニア ブヌンウー農園
倉庫在庫が完全になくなりました。

来年のニュークロップ(収穫)が入荷する秋頃まで、
国内在庫が全くありません。

まだ、当店にはストックがありますが、
これがなくなれば、完全にゼロとなります。

これに伴い、
このパプアニューギニアの豆を使用するブレンド*
一時販売停止となります。
 * ナチュレ・ブラジリーニョ
    シャイニング・スター
    スウィートネス・マヤ

こんなことは初めてで・・・。

ご存知の通り、
ブラジルのモンテアレグレ農園の倉庫在庫もなくなって・・・。
このところ立て続け・・・。

何が起きているのか?

それは・・・

   

2010年12月18日土曜日

年末年始の営業

年末年始の営業についてです。

●年末年始の営業 (例年通り)
 12月31日(金)まで  通常通り 10:30~19:30 営業
 1月1日(土)~5日(水) 休業
 1月6日(水)から  通常通り 10:30~19:30 営業


以上です。
                           

2010年12月16日木曜日

火の玉投手ボブ・フェラー

米大リーグで通算266勝を挙げ、
剛速球から「火の玉投手」の異名を取った ボブ・フェラー
白血病でお亡くなりになりました。
92歳。












米アイオワ州生まれ
1936年、17歳の時大リーグデビュー。
1940年、史上初となる開幕戦での無安打無得点試合の離れ業を演じるなど、
目にも止まらぬ”火の玉”剛速球でファンを魅了。
インディアンス一筋18年間。
6度の最多勝と7度の最多奪三振に輝く。

通算成績は266勝162敗。
1942~1945年の兵役がなければ、
300勝に達していたといわれている。
1962年、米野球殿堂入り。