ラベル 青春の光 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 青春の光 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2012年11月18日日曜日

今日、若者が旅立った!



きょうお昼少し前、
不意に、三重県伊勢市在住の常連さん "Tキャップさん" が来店!!
先日、このブログの 英断! で書いた若者。
 

何かを求めて、”よその世界”に旅立つまさに”その日”に、
不意に店に現れた。
それも、20数キロもあるバックパックを担いで・・・。
駅から数分のところにある当店に来るだけでも大変なのに!
わざわざ挨拶に来た!

今日、日本を発つのは聞いてはいたんだけど、
不意の訪問だったので、びっくりした。

ょうど店に居合わせた常連さんとコーヒーを2杯ほど飲みながら2時間くらい話をして、
先程、重いバックパックかついで店を後にされた。
この先の大まかなコースは・・・
 当店(うま珈)~前後駅~名古屋駅~関空~~~~~世界(香港~中国~~~)~~~~



昼過ぎに弁当を持ってきてくれた嫁さんも、
Tキャップさんと言葉を交わしたんだけど、
「何か吹っ切れたような、さっぱりした表情だったね」と・・・。
旅はこれからだけど、ボクも最近の彼を見ていてそう思った。


そのTキャップさん、筆不精とのことだが、
その彼が、旅の記録ということで、ブログを始めたそうなんで、
ここで紹介したい。 

  りきゅうの散歩


このボクでさえ、何とかこのブログを息も絶え絶えやっている。
ありのままをつづればいいと思う。

2012年10月15日月曜日

英断!


昨日、豊田市在住の若者Tキャップさんが、
およそ半年ぶりに来店。

この若人・・・年に数回来る。
普段(店に来れない時)は、
電話で豆を注文くれる・・・うち、こう見えても、通販やっているんです・・・!!
ありがたや!ありがたや!


 店に来るときは、大概、何かある時。

今回のご来店は・・・
一大決心!脱サラして、世界に羽ばたくそうで・・・その報告。
アジアを起点に世界(?)を駆け巡るらしい。

いろいろ悩んだ上でのご決断。
家族、パートナー、仕事、会社・・・。



思えば、

自分も 会社を辞めたころ・・・
そのあと、コーヒーの勉強をしていたあのころ・・・

あの頃のことを思い出して、
なんだか自分のことのように興奮した。


ボクが建設業界の会社を辞めたのは35歳の時。
そして、コーヒーの店を始めたのが42歳の時。

会社での仕事のキャリアは13年弱。
周りから見たら馬鹿げたことかもしれない。
現に、会社の先輩で会社を辞めるのを猛反対した人もいた。
   「不安はないのか?」と・・・
   「やっていけるのか?」と・・・
   「食っていけるのか?」と・・・
   「自分の歳を考えろ!」と・・・

でもなんだか不思議と、不安はなかった。

ボクは小心者だが、
結構、思い切ったことをする(ことがある)。

会社を辞めて何の経験もない世界に30代半ばで飛び込もうとしたその時もそうだし、
英語もろくにしゃべれないのに、
野球好きが高じて、1か月にわたるアメリカ一人旅を2度したことも・・・。




何の巡り合わせか、
彼が店にいた時、狭い店内に、
そうそうたるコーヒー好きの常連さんが3組もいらっしゃり・・・
の話でおおいに盛り上がった。


店というより、濃密な空間、時間が流れ、なんだか非常に濃い一日だった。


ともあれ、
彼の英断に拍手
したい!

2010年3月25日木曜日

高校の部活動

中学の部活動 の続き。

高校では、
監督が、星一徹みたいな人だったので、
1年365日練習があった。
元旦も。

1年の冬休み、学校の体育の行事でスキー合宿があったが、
それにも行けなかった。

どうしてもと言うことで、スキー合宿へ行った部員は、
ダンベルを持たされていた。
つまり、日中のスキー研修が終わったあと、
「ダンベルをやれ」と言うこと。

ダンベルだけでも数キロあるので、
持って行くだけでも大変だ・・・。

そんな厳しい監督のせいか、
”根性論”がまだ美徳とされていた当時でさえ、
耐えられない部員が続出。

一年の時、最初にいた50人ほどの新入部員も、
3年の夏の大会の時には、たったの7人

でも、その監督のお陰で、
愛知県でベスト16まで勝ち進んだ。

あとひとつ勝てばベスト8だった。
ベスト8に勝ち残れば、
中日球場(現ナゴヤ球場)でゲームが出来た・・・。


今から思うと、
中学~高校までの部活動(野球部)を通して、
   あいさつ
   人間(上下)関係
   競争心

   何事にもめげない精神力
   体力
   継続する力   など
が培われたのだと思う。

そういう意味で、
中学~高校にかけての6年間の部活動)野球部)は、
  今のボクの根幹 を 形作ってくれた
といっても 過言ではないかな。


その後、
自由奔放、楽しかった
    岐阜での大学時代・・・

社会の厳しさと大人であることの楽しさを味あわせてくれた
    東京でのサラリーマン時代 ・・・

脱サラして、ここ豊明に移り住み、
   ゆっくりだけど、しかし、着実に
     住んでいるところに根をはって自営している現在・・・

へと続く。



そして、この春、 ボクに

 その礎となる 新たな家族

が出来る。
     

2010年3月13日土曜日

中学の部活動

大学時代の楽しかった思い出は、ちょっとおいといて・・・

ボクは、中学~高校と野球にうちこんだ。
しかも、相当。

中学の練習は相当ハードだった。
1000本ノックというのが本当にあった。
1時間ほどノックの雨あられ・・・!
嘔吐する部員も・・・。

冬場のトレーニングなんかは、
校内の至る所を利用して練習。
ダッシュはもちろんのこと、
肩車、肩車屈伸(キツイ)、うさぎ跳びに大ウサギ、手押し車。
特に、階段を利用しての、往復ダッシュやうさぎ跳びや
手押し車は結構ハード。

この頃は、練習中の水はご法度の時代。
なので、のどはカラカラ・・・汗は滴り落ちる・・・

気温は低いのに体温は高いので、
部員の頭や身体からは湯気が立ち込めて・・・
本当にモウモウといった感じがおかしかった。

                  

2010年3月12日金曜日

受験戦争・・・勃発!?

かくいうボクは、共通一次試験の初期の頃の世代。

一応大学まで行ったので、
 高校受験・・・私立&公立受験
 大学受験・・・国立一本に絞り見事不合格 → 浪人 → 大学受験
と、受験戦争を潜り抜けてきた(←大袈裟)。

高校3年の時、担任の先生に、
「3年間、野球に現を抜かしたお前が、
国立に入れるわけがない!」と言われた。

カチ~~ンときた負けず嫌いのボクは、
3年の夏の大会(甲子園を目指すアレ)が終わったあと、
それはそれは猛?勉強をした。
(先生もそれが分かっていて言ってくれたのかもしれない)

先生にそう言われたから、なおさら落ちるのがイヤ。
だから、一生懸命やった。
私立を受けず、無謀にもに国立一本に絞って・・・。

受かるはずもないのに、根拠のない自信をもって・・・
とは言っても、しょせん、一夜(ではないが)漬け。
現実は甘くない。
先生の言うとおり、見事不合格・・・。


この失敗がすごい悔しく、
浪人時代は、勉強に打ち込んだ・・・。
(やり始めるとすごく集中する性格)
隣の席の可愛い娘に気をとられながらも・・・。


一浪して臨んだ2度目の大学受験。
今度は、滑り止めと本命あわせて私学もちゃんと受けた。
受験した4大学6学科(建築系)全て合格した。

本当は東京の私学に行きたかった。
が、 浪人して親に負担をかけていたので、
地元で、しかも、お金が余りかからない
岐阜の大学に通うことにした。

大学、それはもう楽しかった!
                  

             
                    

2010年3月11日木曜日

今日は公立高校の試験

昨日、公立高校の試験を明日に迎える
中学三年のお子さんをお持ちになる、
コーヒー大好き、超ヘビーユーザーのお客さんと話が弾んだ。


本日は、公立高校の筆記試験。
明日金曜は面接。

新たなる人生の扉への第一歩のための試験だ。
頑張って自分の力を出しきってもらいたいものだ。