フィールド・オブ・ドリームス の続き・・・。
「これは、男を泣かせる映画だ」と書いてしまったが、
当時一緒に観に行った連れの女性は泣いてました。
が、しかしだ、若い世代の人々や、
世の奥様方はどう思うだろう、この映画を観て。
誰にだって、
「亡き人に対するやるせなさ」や
「(亡き人が)生きている間にあ~~しておけば良かった」
という想いはあるんじゃ・・・
「夢はあった筈なのに何もしなかった」
でも、
「今からでも遅くない」
「生きている間に悔いがないように」と・・・。
そこで、
"If you build it, he will come"
"Go the distance."(最後までやり遂げろ)
物語の最後、レイがシューレス・ジョーに語りかける。
「あれは、君の声だったのか」
「違うよレイ。君の声さ」
きっと誰にでもその声は聞こえている?
でも、
聞こうとしない?
或いは、
聴こえないふり?
なのかもしれない。
映画の原作者W.P.キンセラの著書の中に、
こんな一説がある。
“馬鹿げたことを企てられない人間は、
決して不可能なことは成し遂げられない”
と。
夢がない人には夢を持つ素晴らしさを、
夢を持っている人には、とんと背中を押してくれる・・・
若い頃見た方は、お歳を召されてからもう一度・・・
そんな映画です。
映画の最後 for our parents
・
・
・
2009年9月9日水曜日
2009年9月8日火曜日
男を泣かせる映画
フィールド・オブ・ドリームス だ。
If you build it, he will come・・・
それを作れば彼はやってくる・・・
ある日、主人公のレイは、この謎の声を耳にする。
全ては、過去にやり残してきた人達の”夢”の実現のため・・・
この台詞・・・
もう20年くらい前だろうか、映画を観おわった後、
ず~と頭の中でこだましてた。
こんな感覚、コッポラの「地獄の黙示録」の”ヘリの爆音”と
ドアーズの曲を聞いた時くらいか。
この映画、いくつかの名シーンがある。
極めつけは、やはり、ラストだ。
若き日の父とレイが、
無言でただキャッチボールをするだけ。
ただそれだけなのに、なぜこんなにウルウルくるのか?
言葉にはできない男同士の心の交流・・・
父と子の和解・・・夢がかなったからだろうか。
父親が子供に教えるキャッチボールの意味。
アメリカの親子にとって最高のスキンシップ、
それがキャッチボール。
父と子が1つのボールを受けては投げ、投げては受ける。
父が子に何かを伝えてゆく。
これがベースボール。
If you build it, he will come・・・
それを作れば彼はやってくる・・・
ある日、主人公のレイは、この謎の声を耳にする。
全ては、過去にやり残してきた人達の”夢”の実現のため・・・
この台詞・・・
もう20年くらい前だろうか、映画を観おわった後、
ず~と頭の中でこだましてた。
こんな感覚、コッポラの「地獄の黙示録」の”ヘリの爆音”と
ドアーズの曲を聞いた時くらいか。
この映画、いくつかの名シーンがある。
極めつけは、やはり、ラストだ。
若き日の父とレイが、
無言でただキャッチボールをするだけ。
ただそれだけなのに、なぜこんなにウルウルくるのか?
言葉にはできない男同士の心の交流・・・
父と子の和解・・・夢がかなったからだろうか。
父親が子供に教えるキャッチボールの意味。
アメリカの親子にとって最高のスキンシップ、
それがキャッチボール。
父と子が1つのボールを受けては投げ、投げては受ける。
父が子に何かを伝えてゆく。
これがベースボール。
2009年9月7日月曜日
フィールド・オブ・ドリームス
先日、居心地よいとこの投稿をしているときに、
ふと想い出した映画。
ここは、みなの夢をかなえてくれる”夢の畑”。
ボクが愛してやまないベースボールと
そのフィールドはモチーフ。
いつの間にか忘れていたあの夢・・・
うちなる心の叫び・・・
夫婦・・・
父と子、……
色々なことを考えさせられる大人のためのファンタジー。
若き日のケビンコスナー主演。
これは、男を泣かせる映画だ。
ふと想い出した映画。
ここは、みなの夢をかなえてくれる”夢の畑”。
ボクが愛してやまないベースボールと
そのフィールドはモチーフ。
いつの間にか忘れていたあの夢・・・
うちなる心の叫び・・・
夫婦・・・
父と子、……
色々なことを考えさせられる大人のためのファンタジー。
若き日のケビンコスナー主演。
これは、男を泣かせる映画だ。
2009年9月4日金曜日
居心地よいとこ その2
まちの喫茶店・・・
ボクには、もうひとつ居心地のいい空間がかつてあった。
それは、近所の喫茶店 だ。
小さい頃、よく親父に連れられていった。
親父は、もっぱらコーヒーで、
小学生だったボクは、 いつも決まって、
ミルクセーキ かナポリタン だった。
ナポリタンなんかは、
熱々の鉄板の上に、卵が敷き詰められ、
その上に真っ赤なスパゲティとウィンナー・・・
テーブルの上に置かれた時は、ジュージュー・・・。
味や盛り付け、色合い、グラスのデザインなど、
当時小学生だったボクにとってはどれも刺激的。
もう、ん十年も前のことなのに、今でも妙に覚えている。
これってすごい!
←ボクではなく、喫茶店のほうが・・・
ボクは、今、愛知県豊明市にある前後駅の近くで
家庭で飲むコーヒー豆をつくる仕事・・・豆を焙煎して
販売する・・・をやっている。
市内や刈谷、大府、知立など周りの町からだけでなく、
半田や知多など遠くから、わざわざ豆を買いにやってきてくれる
非常にありがたいお客さんにも恵まれている。
そんなお客さんの記憶の中に、いつまでも 残るような、
そんな存在でありたいと切におもう。
ここ豊明にはボクお気に入りの喫茶店は、
今のところないのが残念だが、
書いているうちに 無性にそのお店に行ってみたくなった。
少し離れたまちにあった喫茶店だが、今でもやってるかなぁ?
探していってみるかなぁ・・・!!
ボクには、もうひとつ居心地のいい空間がかつてあった。
それは、近所の喫茶店 だ。
小さい頃、よく親父に連れられていった。
親父は、もっぱらコーヒーで、
小学生だったボクは、 いつも決まって、
ミルクセーキ かナポリタン だった。
ナポリタンなんかは、
熱々の鉄板の上に、卵が敷き詰められ、
その上に真っ赤なスパゲティとウィンナー・・・
テーブルの上に置かれた時は、ジュージュー・・・。
味や盛り付け、色合い、グラスのデザインなど、
当時小学生だったボクにとってはどれも刺激的。
もう、ん十年も前のことなのに、今でも妙に覚えている。
これってすごい!
←ボクではなく、喫茶店のほうが・・・
ボクは、今、愛知県豊明市にある前後駅の近くで
家庭で飲むコーヒー豆をつくる仕事・・・豆を焙煎して
販売する・・・をやっている。
市内や刈谷、大府、知立など周りの町からだけでなく、
半田や知多など遠くから、わざわざ豆を買いにやってきてくれる
非常にありがたいお客さんにも恵まれている。
そんなお客さんの記憶の中に、いつまでも 残るような、
そんな存在でありたいと切におもう。
ここ豊明にはボクお気に入りの喫茶店は、
今のところないのが残念だが、
書いているうちに 無性にそのお店に行ってみたくなった。
少し離れたまちにあった喫茶店だが、今でもやってるかなぁ?
探していってみるかなぁ・・・!!
2009年9月3日木曜日
居心地よいとこ
ボールパーク・・・
そう、ボクにとって、最も居心地がよい空間のひとつ。 直訳すれば、
ボール遊び広場?
アメリカ・メジャーリーグの野球場の総称だ。
昔の中日球場も好きだったが、 野球場そのもので、
ボールパークの雰囲気ではないのだ。
最近のドーム球場にいたっては話にならない。
ひどい雰囲気だ。
東京ドーム然り、ナゴヤドーム然り・・・。
ボール遊び広場・・・
なぜ落ち着くんだろう?
野球が好きだから??
小さい頃、近所の小さな公園やちょっとした空き地を見つけては、
三角ベースに明け暮れた。
日が暮れるまで。
その頃の郷愁からか?
アメリカのボールパークにいると、
まるで自分が選手たちと一緒に ボールと戯れている
(=PLAY)ような気分になるんだ。
だから、やっぱり、ボールパークは最高だ!!
そう、ボクにとって、最も居心地がよい空間のひとつ。 直訳すれば、
ボール遊び広場?
アメリカ・メジャーリーグの野球場の総称だ。
昔の中日球場も好きだったが、 野球場そのもので、
ボールパークの雰囲気ではないのだ。
最近のドーム球場にいたっては話にならない。
ひどい雰囲気だ。
東京ドーム然り、ナゴヤドーム然り・・・。
ボール遊び広場・・・
なぜ落ち着くんだろう?
野球が好きだから??
小さい頃、近所の小さな公園やちょっとした空き地を見つけては、
三角ベースに明け暮れた。
日が暮れるまで。
その頃の郷愁からか?
アメリカのボールパークにいると、
まるで自分が選手たちと一緒に ボールと戯れている
(=PLAY)ような気分になるんだ。
だから、やっぱり、ボールパークは最高だ!!
2009年9月2日水曜日
木曽川 川下り その2
この休日に木曽川で川下りした時、
カヌーを楽しそうにやっている人たちを見て、
ふと想い出した20年以上前の話だ。
関東随一の清流と言われる那珂川をカヌーで川下りをした。
入社したてのうぶなボクを、
右も左も分からない東京という都会のジャングルから
厳しい自然の中に放り出した(解き放った?)のは、
会社の先輩とその奥様。
先輩の愛車ジープにカヌーを積んで下流の下船ポイントに駐車。
そこでタクシーを拾って上流まで行き、
カナディアンタイプのカヌーを1時間くらいかけて組み立てて、
さぁ~出陣?進水?
初めてのカヌーでの川下りだったので、 かなりドキドキ・・・。
川から眺める辺りの景色は先日の木曽川とは風情は違ったが、
やはり魚の気分だった(に違いない)。
途中何度か、座礁→川におりてカヌーを手押し を繰り返しながら、
ようやく車を停めてある下船ポイントに到着。
河川敷で、”キムチ鍋パーティー”で盛り上がり、
そのまま川原で寝てしまった・・・・
と言うのは冗談で、奥様が運転する車の中で、
図々しくも先輩と2人Zzzzzzz・・・・
都合の悪い事は忘れ、よいことしか覚えていないと言う
お気楽な性格も相まって、
20年以上も前の話だが、今でもその時の事はよく覚えている。
人の記憶って不思議だ。
昨日観た映画の内容を覚えていなくても、
30年も昔に観た映画の中の1シーンを覚えていたりする。
魚になった気分・・・。
当たり前のことだが、ボクは魚ではない。
なので、本当のところ魚の気分はわからないのだが、
川下りをしていると、自然の雄大さを肌で感じる。
木曽川も、その河川美、多くの奇岩、
轟々とした早瀬と鏡のような深淵の流れに木々の緑。
それに対比するかのような構造物の数々・・・送電線の鉄塔、 ビル、トンネルや擁壁。
人間様がつくったものは、雄大な自然の前では ”ちゃち”に見える。
(つくった人たち、ごめんなさい。)
Mother Nature
人は自然の中に生かされている。
そんな懐の深い自然に触れるといつもとっても穏やかな気分になれる。
同時に、人間の小ささ・・・人のはかなさ さえも感じる。
夏草や兵どもが夢の跡
らしくないが、 ふと、芭蕉の句を想い出した。
カヌーを楽しそうにやっている人たちを見て、
ふと想い出した20年以上前の話だ。
関東随一の清流と言われる那珂川をカヌーで川下りをした。
入社したてのうぶなボクを、
右も左も分からない東京という都会のジャングルから
厳しい自然の中に放り出した(解き放った?)のは、
会社の先輩とその奥様。
先輩の愛車ジープにカヌーを積んで下流の下船ポイントに駐車。
そこでタクシーを拾って上流まで行き、
カナディアンタイプのカヌーを1時間くらいかけて組み立てて、
さぁ~出陣?進水?
初めてのカヌーでの川下りだったので、 かなりドキドキ・・・。
川から眺める辺りの景色は先日の木曽川とは風情は違ったが、
やはり魚の気分だった(に違いない)。
途中何度か、座礁→川におりてカヌーを手押し を繰り返しながら、
ようやく車を停めてある下船ポイントに到着。
河川敷で、”キムチ鍋パーティー”で盛り上がり、
そのまま川原で寝てしまった・・・・
と言うのは冗談で、奥様が運転する車の中で、
図々しくも先輩と2人Zzzzzzz・・・・
都合の悪い事は忘れ、よいことしか覚えていないと言う
お気楽な性格も相まって、
20年以上も前の話だが、今でもその時の事はよく覚えている。
人の記憶って不思議だ。
昨日観た映画の内容を覚えていなくても、
30年も昔に観た映画の中の1シーンを覚えていたりする。
魚になった気分・・・。
当たり前のことだが、ボクは魚ではない。
なので、本当のところ魚の気分はわからないのだが、
川下りをしていると、自然の雄大さを肌で感じる。
木曽川も、その河川美、多くの奇岩、
轟々とした早瀬と鏡のような深淵の流れに木々の緑。
それに対比するかのような構造物の数々・・・送電線の鉄塔、 ビル、トンネルや擁壁。
人間様がつくったものは、雄大な自然の前では ”ちゃち”に見える。
(つくった人たち、ごめんなさい。)
Mother Nature
人は自然の中に生かされている。
そんな懐の深い自然に触れるといつもとっても穏やかな気分になれる。
同時に、人間の小ささ・・・人のはかなさ さえも感じる。
夏草や兵どもが夢の跡
らしくないが、 ふと、芭蕉の句を想い出した。
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